※本記事の作成にあたり、文章の構成・推敲等に生成AIの支援を受けています。記載されている法令や制度等の内容については、執筆時点の情報を基に筆者自身が責任を持って確認・監修を行っております。
相続が始まったとき、相続人の中に、認知症が進んだ配偶者や、知的障害・精神障害のあるお子さまなど、ご自身で判断することが難しい方がいらっしゃることがあります。このような場合、遺産分割はご家族の話し合いだけでは進めることができません。
本記事では、相続人の中に判断能力が十分でない方がいる場合に、遺産分割がどのような流れで進むのか、ご家族として何を知っておけばよいのかをお話しします。私自身、成年後見人等として遺産分割協議書に署名した経験があり、その立場から感じたことも交えてお伝えします。
なお、本記事は相続の手続きに焦点を当てています。専門職後見人としての私の取り組みについては、別記事「専門職後見人として積み重ねてきたこと ― 安心してご相談いただくために」をご覧ください。
1.遺産分割には相続人全員の合意が必要 ― 「代わりに署名」では成立しない
遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります(民法第907条第1項)。一人でも欠けた協議は、有効に成立しません。
そして、法律行為をした時に意思能力(自分の行為の結果を理解して判断する能力)がなかった場合、その行為は無効とされます(民法第3条の2、令和2年4月1日施行)。つまり、協議の内容を理解できない状態の方が署名しても、その協議は有効なものにはなりません。
「家族が本人の代わりに署名・押印すれば済むのでは」と考える方もいらっしゃいますが、それは本人の意思表示とはいえず、協議そのものの有効性が問われることになります。
一方で、判断能力は診断名だけで一律に決まるものではありません。認知症の診断があっても、協議の内容を理解して判断できる方もいらっしゃいます。判断に迷う場合は、主治医や専門家に相談しながら慎重に見極めることが大切です。
2.誰が本人に代わって協議に参加するのか ― 成年後見人等の役割
本人に十分な判断能力がない場合は、家庭裁判所が選任した成年後見人等が、本人の立場で遺産分割に関わります。
(1)成年後見人は、本人に代わって遺産分割協議を行い、協議書に署名します(民法第859条第1項)。
(2)保佐人・補助人の場合は、本人が協議に加わり、保佐人等が同意する形が基本です(民法第13条第1項第6号、第17条第1項)。家庭裁判所が代理権を付与していれば、保佐人等が本人に代わって協議することもできます(民法第876条の4、第876条の9)。
本記事では、これらをまとめて「後見人等」と呼びます。
まだ後見人等がいない場合は、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行うところから始まります。吉川市・越谷市・三郷市・松伏町・春日部市などにお住まいの方は、さいたま家庭裁判所越谷支部が窓口です。申立てから選任までには一定の期間がかかります。また、誰を後見人等に選ぶかは家庭裁判所が判断するため、ご親族を候補者として申し立てても、専門職が選ばれる場合があります。
3.ご家族が後見人等で、ご自身も相続人である場合 ― 利益相反と特別代理人
たとえば、お父さまが亡くなり、相続人がお母さまと長男の二人で、長男がお母さまの後見人を務めているとします。この場合、長男が多く取得すればお母さまの取り分が減るという関係にあります。これを利益相反といいます。
利益相反がある場合、後見人は本人を代理して協議することができず、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求する必要があります(民法第860条で第826条を準用)。ただし、後見監督人が選任されている場合は、後見監督人が本人を代表します(民法第860条ただし書、第851条第4号)。保佐・補助の場合も同様に、臨時保佐人・臨時補助人の選任が必要になります(民法第876条の2第3項、第876条の7第3項)。
一方、専門職の後見人等のように、後見人等自身が相続人でない場合は、この問題は生じません。私が後見人等として関わった遺産分割も、このケースでした。
4.分け方はご家族だけでは決められない ― 本人の取り分と家庭裁判所の関与
後見人等は、本人の意思を尊重し、本人の利益を守る立場にあります(民法第858条、第869条で準用する第644条の善管注意義務)。民法に「後見人等は法定相続分を確保しなければならない」という規定があるわけではありませんが、家庭裁判所の実務では、本人の利益を守るため、原則として本人の法定相続分を確保することとされています。家庭裁判所が後見人向けに公表している資料でも、原則として法定相続分を確保すること、特殊な事情がある場合は事前に裁判所に相談することが求められています。
ご家族の間で「自宅は長男が継ぐ」「お母さんの分は少なくてよい」といった合意ができていても、そのとおりにならない場合があることは、あらかじめ知っておいていただきたい点です。たとえば不動産を他の相続人が取得する場合には、本人に代償金を支払って法定相続分に相当する額を確保する方法(代償分割)がとられることがあります。
私が後見人等として関わった遺産分割でも、原則どおり法定相続分で分割しました。協議に先立って、家庭裁判所に連絡票で分割の方法を報告し、確認を得ています。専門職の後見人等は、本人の財産に大きく関わる行為については、家庭裁判所に確認してから動くのが基本です。遺産分割は、まさにその典型といえます。
他の相続人の方には、立場上、法定相続分を確保する必要があることをお伝えしました。専門職の後見人等は、他の相続人の方から見れば、基本的には面識のない第三者です。その第三者から取り分についてお伝えするのですから、他の相続人の方との信頼関係がとても大切だと感じています。
法定相続分どおりにならない場合
私が関わった件は法定相続分どおりの分割でしたので、ここからは制度上の考え方としてご紹介します。
(1)立て替えた費用の精算
他の相続人が、亡くなった方の入院費などを立て替えて支払っていた場合です。亡くなった方の借金や未払いの費用は、相続人が法定相続分に応じて負担するものです。そのため、遺産から立替分を精算したうえで残りを分けても、本人の取り分を不当に減らすことにはなりません。
(2)寄与分・特別受益がある場合
他の相続人が亡くなった方の療養看護に特別な貢献をしていた場合の寄与分(民法第904条の2)や、本人が生前に多額の贈与を受けていた場合の特別受益(民法第903条)があると、法律上の取り分そのものが調整されます。この場合は、根拠となる資料をそろえ、家庭裁判所に相談しながら進めることになります。
5.協議書の作成と手続き ― 後見人等が署名する協議書
後見人等が協議に加わる場合、遺産分割協議書には、相続人である本人の住所・氏名に加えて、後見人等としての資格と住所・氏名を記載し、後見人等が署名・押印します。
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
相続人 〇〇〇〇
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
上記成年後見人 〇〇〇〇 ㊞
(記載例です。実際の書き方は、協議書の様式や提出先によって異なることがあります。)
協議書とあわせて、後見人等の印鑑証明書と、後見人等であることを証明する登記事項証明書(成年後見登記に関するもので、法務局で取得します)が必要になるのが一般的です。相続登記では、この登記事項証明書は発行から3か月以内のものが求められます(不動産登記令第17条第1項)。金融機関でも有効期限を定めている場合がありますので、提出先に事前に確認しておくと手続きがスムーズです。
協議書の作成全般については、別記事「遺産分割協議書の作成 ― 実務で押さえておきたいポイントと作成例」で詳しく解説しています。
6.時間がかかることへの備え ― 相続税と相続登記の期限
後見人等の選任や家庭裁判所への確認を経るため、通常の相続よりも時間がかかることがあります。ここで注意したいのが、二つの期限です。
一つ目は、相続税の申告期限です。相続税の申告が必要な場合、期限は相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(相続税法第27条第1項)。なお、相続開始の事実を本人が認識できない場合には、後見人等が相続の開始を知った日から数える取扱いがあります(相続税法基本通達27-4(7))。期限までに遺産分割がまとまらないと、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が当初の申告では使えないなど、税額に影響が出ることがあります。相続税の具体的な計算や申告については、必ず税理士にご相談ください。
二つ目は、相続登記の期限です。令和6年4月1日から相続登記が義務化され、不動産を相続したことを知った日から3年以内に登記の申請が必要です(不動産登記法第76条の2)。遺産分割がまとまらない間は、相続人申告登記(同法第76条の3)によって義務を果たす方法もあります。相続発生後の期限の全体像については、別記事「相続発生後のスケジュール」で整理しています。
後見人等の選任から逆算すると、時間の余裕はそれほど多くありません。相続人の中に判断能力が十分でない方がいる場合は、できるだけ早い段階で動き始めることをお勧めします。
7.相続放棄を考える場合 ― 期間の数え方に注意
相続放棄も、後見人等が関わる手続きです。成年後見人は、本人に代わって家庭裁判所に申述します。保佐・補助の場合は、本人が申述して保佐人等が同意するのが基本です(民法第13条第1項第6号)。相続放棄についての代理権が付与されていれば、保佐人等が本人に代わって申述することもできます(民法第876条の4、第876条の9)。
相続放棄は、原則として相続の開始を知った時から3か月以内に行う必要があります(民法第915条第1項)。本人が成年被後見人の場合、この期間は後見人が本人のために相続の開始を知った時から数えます(民法第917条)。一方、保佐・補助については同条に定めがないため、本人が知った時から数えることを前提に、早めに対応するのが安全です。期間内に判断が難しい場合は、家庭裁判所に期間の伸長を申し立てることもできます(民法第915条第1項ただし書)。
私も後見人等として相続放棄に関わったことがあります。そのときは、相談の段階から弁護士に入ってもらい、申述まで弁護士の力をお借りしました。事案によっては、弁護士や司法書士との連携が欠かせない手続きです。
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8.生前にできる備え ― 遺言があればご家族の負担は大きく変わる
ここまで見てきたように、相続人の中に判断能力が十分でない方がいると、遺産分割には時間と手間がかかります。この負担を大きく減らせるのが、遺言です。
遺言で「どの財産を誰に相続させるか」を指定しておけば(特定財産承継遺言、民法第1014条第2項)、遺産分割協議を経ずに手続きを進められる場面があります。障害のあるお子さまがいらっしゃるご家庭では、親亡き後の備えとしても大切な視点です。
ただし、判断能力が十分でない相続人の取り分を極端に少なくする内容の遺言では、後見人等が本人のために遺留分侵害額請求(民法第1046条)を検討する立場になることもあります。遺言の内容は、その方の今後の生活も見据えて考えることが大切です。
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補足 ― 成年後見制度の見直しについて
令和8年(2026年)6月、成年後見制度を見直す「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が成立し、6月24日に公布されました。成年後見制度の見直しに関する部分は、公布の日から2年6か月を超えない範囲内で政令で定める日に施行されます。必要な手続きが終われば制度の利用を終了できる仕組みの導入などが盛り込まれており、遺産分割のための利用のあり方も変わっていく見込みです。
本記事は、執筆時点で施行されている現行法に基づいて書いています。改正の詳細や施行時期については、今後の動向を踏まえて、別の記事であらためて解説する予定です。
9.まとめ ― 早めに知って、早めに動く
相続人の中に判断能力が十分でない方がいる場合の遺産分割について、要点を振り返ります。
一つ目は、ご家族が代わりに署名することはできず、後見人等が本人の立場で協議に関わる必要があること。二つ目は、分け方は本人の取り分を確保することが原則で、家庭裁判所の確認を経て進むこと。三つ目は、時間がかかるからこそ、相続税や相続登記の期限を見据えて早めに動くこと、そして生前の遺言が大きな備えになることです。
ご家族だけで抱え込まず、早い段階で専門家に相談しながら、一つずつ進めていきましょう。
社会保険労務士・行政書士・CFP® 宮腰喜明
今回はここまでとなります。最後まで読んでいただきありがとうございました。
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